長靴をはいた犬 ☆☆☆☆

(長靴をはいた犬 / 山田 正紀 / 講談社文庫 2003)

副題が「神性探偵・佐伯神一郎」となっているように、佐伯神一郎が探偵役を務めるシリーズの第2作です。「神曲法廷」の続篇ですが、作者あとがきによれば、続篇というよりはスピンアウト作品と呼んだほうがいいようです。本シリーズは、第1作「神曲法廷」が「地獄篇」、第2作が「煉獄篇」、第3作が「天上篇」となる構想のようですが、第2作、第3作はまだ書かれていません。ちなみに本作は時系列では「煉獄篇」と「天上篇」の中間に位置するそうです。

江東区亀戸近くの劭疝犬神地区(架空の町です)で、通り魔殺人が発生し、22歳のOL・斉藤恵子が帰宅途中、夜道で刺殺されます。凶器は発見されませんでしたが、現場に残されたゴム長靴の足跡から、警察は付近の塗装業・織田修三(22歳)を逮捕します。織田は殺人を自供し、凶器や証拠のゴム長靴は近くの暗渠に捨てたと供述します(しかし、捜索しても発見されませんでした)。また、恵子の上腕部に織田のものと思われる歯の跡が残っており、当日の深夜近く、織田がゴム長靴をはいて酒屋の自販機でビールを飲んでいるところを目撃されており、そのシャツには血痕があったといいます(その血は被害者と同じO型でしたが、織田の血液型もO型でした)。
織田は精神鑑定の結果、責任能力ありとの鑑定結果が出たため、検察は起訴に踏み切り、東京地裁で公判が開かれます。第一回公判で、弁護士の田島は無罪を主張し、織田は「殺したのは自分じゃない、犬男だ」と謎めいた陳述をします。田島は、警察での調書の任意性に疑問を提起し、織田を逮捕・取り調べた“落としの大田”こと古参刑事の大田の尋問のやり方を問題にするのでした。
ところが、犬神を祀っている地元の劭疝犬神宮(神社を囲む森には犬男が出没すると言われており、近寄る人は少ないといいます)に昆虫採集に来た小学生ミノルとタカシが、本堂の床下に転がっている女性の刺殺死体を発見します。被害者は専門学校生の笙田郁子で、斉藤恵子と似た凶器(こちらも見つかりません)で刺されており、太腿に犬に噛まれたらしい跡がありました。奇妙だったのは、郁子は愛犬のシェパード、アレフを散歩させており、主人を殺されたアレフはその後餌を摂らず、数日後に衰弱して死んだといいます(まるで、郁子を守れなかった責任を感じて自殺するかのように)。そして、現場で発見されたゴム長靴の足跡は、斉藤恵子の殺害現場に残っていた足跡と同じものと思われました。最初は模倣犯ではないかと考えていた警察ですが、ゴム長靴の跡が決め手となり、同一犯の犯行と判断されます。結果、織田修修三は釈放されます。
死体が発見された時に劭疝犬神宮の境内にいたホームレスを怪しいとにらんだ大田は、相手が旧知の元検事・佐伯神一郎だと知って驚きます。2年前の「神曲法廷」事件で大切な女性を失った佐伯は、その後、検事を辞めて姿を消していましたが、まさか劭疝でホームレスになっているとは、大田も予想だにしていませんでした。佐伯が空き缶拾いに使っている大型のカートが死体の運搬に使える(劭疝犬神宮に至る道は狭く、自動車は走れません)ため、自分が笙田郁子殺しの容疑者にされていることを知った佐伯は、大田から連続通り魔殺人の詳しい状況を聞くと(実際には、大田は捜査上の機密を漏らしてしまっているのですが)、自分の潔白を証明するために明晰な推理を披露します。
この二つの事件を、別の視点から見ている人物がいました。江東区の児童相談所に勤めるカウンセラー、心理療法士の降振小夜子(39歳)は、16年前に同じ劭疝で通り魔に襲われています。その時、新婚の夫が助けに入り、犯人に刺されて死んでいました。小夜子は、都市伝説のように「犬男」や憑き物の「犬神」の説話が残る劭疝という土地自体が、通り魔殺人の原因になっているのではないかと考えていました。ある事実を知った小夜子は、ミノルとタカシ(非常勤の養護教諭として区内の学校を巡回する小夜子にとって、二人とも顔なじみでした)が現場で拾った証拠品(?)を、警察に届ける代わりに教会の外で出会ったホームレスの佐伯神一郎に委ねます(小夜子は敬虔なクリスチャンであり、初対面の時点で佐伯との間に相通じるものがあると感じていました)。手渡された証拠品(実は凶器の一部)は、佐伯から大田の手に渡り、そこに記された指紋から、立花竹治というオタク青年が容疑者として浮かび上がります、しかし、逮捕される寸前、立花は限りなく自殺に近い事故で死んでしまいます。
連続通り魔殺人の犯人は死んだ立花だということで事件は終結しましたが、それに納得できない人々がいました。第一の被害者・斉藤恵子の妹・綾子は、織田が真犯人だと思っており、織田が釈放されて近所を大手を振って歩いていることが強いストレスとなっています。生活は荒れ、過食を嘔吐を繰り返す綾子が唯一すがれるのは、降振小夜子でした。一方、起訴前に織田の精神鑑定を行った異端の精神科医・望月幹夫は、間違いなく織田はクロだと判断していたため、自分の自信が揺らぐのを感じていました。「犬神憑き」を研究テーマとする望月は、織田の自宅があり犬男の伝説が残る劭疝を訪れ、ホームレスとなっている佐伯神一郎と再会します(実は二人は「神曲法廷」事件で敵味方に分かれて対決したことがありました)。佐伯は、今回の通り魔殺人は16年前の降振小夜子の事件に遡らなければ解決しないと語り、当時の事件を知る引退した刑事・磯村から詳細を聞き出します。当初、警察では小夜子が夫を刺し殺したのではないかという疑いもありましたが、現場に駆けつけた磯村の経験と勘からは、間違いなく小夜子は強姦されかけたはずだといいます。さらに、二人は「自殺した」犬アレフに関する情報を求めて、地元の飲んだくれの獣医(でも腕は確か)・光井を訪ね、アレフの死の原因と思われる事実を聞き出します。数年前に、劭疝小学校で飼われていたウサギが立て続けに殺されたことを聞いた佐伯と望月は、小学校に忍び込み、物置小屋でゴム長靴と殺害の凶器と思われるものを発見しますが、何者かの襲撃を受け、明かりが消えた隙に証拠品を奪われてしまいます。
やがて、小夜子と一緒に部屋にいた斉藤綾子は、外の路地に織田修三が潜んでいるのに気付き、パニックを起こします。しかし、姉の仇を討ちたい綾子は、織田の誤認逮捕の責任で休職している大田に頼み込み、囮になって夜道を歩く自分を護衛してもらい、織田が襲ってきたら捕えようと目論みます。劭疝犬神宮に向かった綾子に織田が襲い掛かるのを大田は察しますが、現場へ駆けつけてみると、殺されているのは別の人物でした。茫然とする大田に、現れた佐伯は事件の真相を淡々と語ります。

オススメ度:☆☆☆☆

長靴をはいた犬 神性探偵・佐伯神一郎 (講談社文庫) - 山田正紀
長靴をはいた犬 神性探偵・佐伯神一郎 (講談社文庫) - 山田正紀

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