神曲法廷 ☆☆☆☆

(神曲法廷 / 山田 正紀 / 講談社文庫 2001)

山田ミステリを読むのは、「妖鳥」「螺旋」に続いて3作目ですが、偶然にも発表年代順に読んでいました。もともとSFや冒険小説の分野で、プロット、仕掛け、ストーリテリングの才は群を抜いていましたが(個人的に一推しは「火神を盗め」です)、ミステリでも作品を重ねるにつれて、持ち味が十二分に発揮されるようになったのが如実にわかります。

主人公の東京地検検事・佐伯は、激務から精神を病んで部屋に引きこもり、ダンテの「神曲」を読むことだけに没頭していました。半年間の休職を経て、復職に向けて動き始めた9月、恩義ある先輩検事の東郷に呼び出された佐伯は、東郷から、失踪した天才建築家・藤堂の行方を探してほしいと頼まれます。藤堂は東郷の旧友であり、現在、東郷が抱えている刑事訴訟「神宮ドーム火災事件」の参考人でもありました。そして、藤堂も少年時代から「神曲」特に「地獄篇」に取り憑かれており、その意味でも、佐伯ならば藤堂の行動パターンがわかるのではないかという、藁をもつかむ依頼でした。
「神宮ドーム火災事件」とは、前年の11月、「神宮ドーム」野球場で時限装置付火炎放射器による火災が発生し、高校生を含む8人が死に、多くの重軽傷者が出た事件です。放火犯は依然として不明のままですが、ドームの防災管理責任者である綿抜が業務上過失致死で起訴され、東郷を担当検事として公判が進んでいます。東郷は、神宮ドームの設計者である藤堂の証言があれば、綿抜の過失を立証できると考えていたのです。手がかりもないまま、佐伯は藤堂の身辺調査を始めます。その過程で、過激な思想で文壇の寵児となっている新道と出会いますが、新道も東郷と同じく、藤堂の旧友でした。神宮ドームを訪れた佐伯は、天啓のような声が脳裏に響くのを感じます。「正義は果たされねばならない、人間にそれができないならば、自分で裁かねばならない」・・・それは、神の声だったのでしょうか。それとも、精神を病んだ佐伯の幻聴だったのでしょうか・・・。
しかし、それが「裁き」なのか、「神宮ドーム火災事件」の訴訟関係者に怪事件が連続します。まず、公判に出るために傍聴人と共に控え室にいた弁護士の鹿内が、鋭利な刃物らしきもので心臓を一突きにされて死亡します。ですが、控え室の人々は、金属探知機による厳重なボディチェックを受けたばかりでした。事態の収拾に混乱するさなか、さらに担当裁判長の大月が、公判が開かれる場所である532号法廷で、絞殺死体となって発見されます。鹿内と大月の遺体からは、弁護士バッジと裁判官バッジがともに無くなっていました。
鹿内の自家用車に残された手がかりから、裁判所へ来る前に鹿内がハンバーガー・ショップへ寄っていたことを知った佐伯は、近所の“ローカル・バーガー”の店舗へ聞き込みに行き、怪しい四輪駆動車が鹿内のベンツを尾行していたという証言を得ます。証言したパートの店員は、偶然にも佐伯の大学の文芸部の後輩・佐和子でした。
藤堂の足跡を追う佐伯は、藤堂の部屋に残された絵に描かれた美少年を発見し、彼が綿抜と接触しているのを知りますが、謎の精神科医・望月に邪魔されます。調査を続ける佐伯は、東郷と共に、検察と警察機構、そして法務省の巨大な癒着構造に気付きはじめます。公安警察はきなくさい動きを強め、警視庁からは嫌がらせとも思えるプレッシャーがかかります。そして、露骨な見込み捜査によって「神宮ドーム火災事件」の容疑者が逮捕され、現場検証が行われることとなりますが、そこで衆人環視の中、綿抜が姿を消してしまいます。
藤堂が、神宮ドームの建築にかけた想いとは・・・。

ダンテの「神曲:地獄篇」がモチーフになっていますので、「神曲」を読んでいれば様々なメタファーがすぐにわかるはずなのですが、きちんと解説が入るので、読んだことがなくても特に差し支えはありません。松本清張さんが好みそうなガチガチな社会派ミステリ的なテーマと、笠井潔さん得意の形而上の哲学・神学的テーマを融合させ、破綻のない本格ミステリに仕上げている手腕はさすがです。
登場する若い女性は佐和子だけなので、詳細な人物描写から彼女がヒロインなのかと思っていましたが、出番は数えるほどしかなく、存在理由がよくわかりませんでした。まさか、あんな重要な役が振られているとは・・・。

オススメ度:☆☆☆☆

神曲法廷 (講談社文庫) - 山田正紀
神曲法廷 (講談社文庫) - 山田正紀

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